在宅医療とは、患者さんが自宅で治療を受けられるように支援する医療サービスです。
患者さんの生活に密接に関わるこの仕事は、薬剤師にとって非常にやりがいのある反面、さまざまな課題や葛藤が存在します。
ここでは、私が実際に経験した出来事や同僚から聞いた、ちょっと辛かった話ついてお話しします。
1. 信頼関係の継承の難しさ
私が在宅医療に携わり始めた頃、最初に直面したのが信頼関係の継承の難しさでした。薬局長が長年担当していた患者さんを引き継ぐ形で、訪問を始めることになりました。
最初の2回は薬局長も同行してくれたものの、3回目からは私一人で伺うことに。
すると患者さんは「薬局長は来ないの?薬局長さんで良いのだけど」とおっしゃいました。
そのお気持ちは痛いほど理解できます。
長年信頼を築いてきた人が急にいなくなり、新しい薬剤師が訪れることに戸惑いや不安を覚えるのは当然のことです。
一方で、私自身もまだ経験が浅く、自分に任せて良いのだろうかと不安を感じていました。
薬局長に相談すると「慣れてもらうしかない」とのことでしたが、その言葉に救われた反面、果たして患者さんにとってこれが最善の対応だったのか、今でも答えは出ていません。
中には担当者を変えて欲しくないと思っている患者さんもいます。
その患者さんは数ヶ月後に入院し、ご逝去されたと聞きました。
信頼関係の継続の難しさを痛感すると同時に、自分がもっと何かできたのではないかという思いが残りました。
2. 家庭環境の厳しさ:ゴミ屋敷の現実
在宅医療では、患者さんの生活環境を直接目にする機会があります。
その中には、いわゆる「ゴミ屋敷」と呼ばれる状態の家もありました。
例えば、家の中にゴキブリの卵が散乱している場合や、犬を多頭飼育しており、糞尿が片付けられず床が汚れている場合などです。
こうした家庭を訪問する際は、正直言って精神的にも肉体的にもかなりの覚悟が必要です。
薬剤師として患者さんの健康を支えることはもちろん重要ですが、衛生面の課題に対してどこまで踏み込むべきか、限界を感じることも多々あります。
また、こうした環境に長く住み続けることが患者さんの健康に与える影響を考えると、薬の提供だけではなく、生活環境そのものを改善する支援も必要ではないかと感じる場面がありました。
しかし、それを実現するためには、医療や介護だけでなく地域全体でのサポート体制が求められると痛感しました。
3. 緊急対応の負担:臨時処方の過酷さ
在宅医療では、緊急対応が頻繁に求められることがあります。
例えば、「今日中にこの薬を届けてほしい」といった依頼が突然入ることも珍しくありません。
特に在宅専門の薬剤師は、一日中遠方の患者さんを訪問して戻ってくるスケジュールの中で、こうした依頼に対応する必要があります。
ある日、私が対応したケースでは、夕方に臨時の処方箋が届き、急いで薬局に戻って薬を準備し、そのまま患者さん宅へ届けに行くことになりました。
その間に別の患者さんからも緊急依頼が入り、結果としてその日は夜9時近くまで対応が続きました。
こうした事態が重なると、スタッフの負担は非常に大きくなります。
特に人手が不足している薬局では、スケジュールが立て込んでしまい、患者さんに迅速に対応することが難しい場合もあります。
患者さんのために尽力する一方で、効率的な運営やスタッフの負担軽減策が求められると強く感じました。
4. 身寄りのない認知症の方への対応
ある高齢の患者さんを訪問したときのことです。
その方は身寄りがなく、一人で生活されていました。
訪問中に薬代をお支払いいただこうとすると、「財布がどこにあるか分からない」とおっしゃり、一緒に家中を探すことになりました。
たまたま近所の方が訪ねてきてくださり、無事に見つけることができましたが、訪問時間が大幅にかかる結果となりました。
また、別の日には「この間もらったシップがもうなくなった」と電話が入り、病院へ疑義照会し、処方箋を追加して再訪問すると、ベッドの下から大量の未使用シップが出てきました。
後にケアマネージャーからその方が認知症であると聞かされました。
そのような薬は一切飲んでいなかった為、それまでその情報を知らず、十分な対応ができていなかったことを悔やみました。
独り身の認知症患者さんに対する支援体制の不足を感じ、在宅医療では限界がある場合には施設入居なども検討できる体制が必要ではないかと痛感しました。
5. 処方箋ミスによる労力と葛藤
在宅訪問時に、患者さんから「先生が出しておくと言った薬が処方されていない」と言われることもあります。
その都度病院に疑義照会をし、薬が追加されたものの、薬局に一度戻って再度準備し、再訪問するという手間が発生します。
在宅医療は患者さんに寄り添うことが求められる仕事ですが、時間や体力を削ることが多くなると、どうしても気持ちが滅入ってしまうこともあります。
それでも、患者さんの笑顔や「ありがとう」の言葉に救われ、なんとか前向きに取り組んでいました。
終わりに
在宅医療は、患者さんの生活を直接支える仕事であり、非常にやりがいのある一方、多くの課題を抱えています。
信頼関係の構築や家庭環境の厳しさ、緊急対応の負担など、日々の現場ではさまざまな状況に対応しなければなりません。
こうした経験を通じて、私は薬剤師としてだけでなく、人として成長する機会を得たと思います。
この体験記が、在宅医療の現場に興味を持つ方や、同じように葛藤を抱える方々にとって少しでも役立つものになれば幸いです。