日本では、医薬品供給の不安定が深刻な問題となっています。
咳止め薬、抗生物質、胃薬、パーキンソン病治療薬、インスリンなど、日常的に必要とされる薬が手に入らず、患者と医療従事者の間で困難が続いています。
この問題は、単なる供給不足ではなく、品質管理や需要の急増、輸入原材料の調達難など複雑な要因が絡んでいます。
本記事では、現場の困難な状況と、統計データから見える供給不足の規模について見ていきます。
薬不足の現状:統計が示す問題の深刻さ
薬不足の規模を数字で見ると、その深刻さが明確に浮かび上がります。
- 2024年9月の調査では、医薬品の18.5%が供給停止または限定出荷の状態にあります。特に後発医薬品では、24.2%という高い割合に達しています。
- 2024年5月の調査によると、医薬品全体の23%(3,906品目)が出荷停止または限定出荷となっており、医療現場での混乱が顕著です。
これらの数字は、医薬品供給が「一部の問題」ではなく、業界全体に広がるシステム的な課題であることを示しています。
現場での困難:患者と医療従事者の声
薬不足は数字以上に、現場に深刻な影響を及ぼしています。
以下は、医療現場で日常的に聞かれる患者や薬剤師の声です。
1. 患者の不安と苛立ち
ある慢性疾患の患者は、薬局でこう訴えました:
「この薬じゃないと効かないんだけど。なんでいつもの薬がないの?」
薬剤師が代替薬を提案し、その効果が同等であることを説明しても、不安を完全に取り除くのは難しい場合もあります。
特に長年同じ薬を使用している患者にとって、突然の変更は心理的な負担となります。
また、別の患者はこう言いました:
「またメーカーが変わったの?コロコロ変わって嫌なんだけど。」
ジェネリック医薬品の供給不安定により、同じ成分でも異なるメーカーの薬が交互に処方されることが珍しくありません。
患者は「見た目や大きさが違うだけで服用が不安になる」と話し、同じ薬であっても外観の違いに強い抵抗感を示すケースがあります。
2. 薬剤師と医師の苦悩
薬剤師にとっても、供給不安定は業務負担を増やす大きな要因です。
ある薬局では、薬剤師が在庫の問い合わせや医師への処方変更の依頼を1日に何件も行う日が続いています。
「代替薬を確保できないとき、患者様に謝るしかないのがつらい。患者様からの信頼に応えたいのに、それができない。」と語る薬剤師もいます。
医師にとっても、供給不足は処方の自由を奪う問題です。
医師が「これが最適な薬だ」と考えても、その薬が供給されない場合、代替案を考えなければならず、診療の効率も低下しています。
薬不足の背景:原因とその複雑性
薬不足の原因には、以下のような要因が絡み合っています。
1. 品質不正問題
2020年12月に発覚したジェネリック医薬品メーカーの品質不正問題は、供給不足の大きな引き金となりました。
業務停止命令や製造ラインの見直しが相次ぎ、結果として多くの薬剤が市場から姿を消しました。
2. 原材料の供給問題
中国やインドなど、原材料を輸入する国での物流停滞や価格高騰が供給をさらに不安定にしています。
特に、日本の製薬業界は輸入原材料への依存度が高いため、この問題の影響を受けやすい状況です。
3. 需要の急増
インフルエンザ、新型コロナウイルス、マイコプラズマ肺炎などの感染症が同時流行し、解熱鎮痛薬や抗生物質の需要が急増しています。
このような需要の波に、供給が追いつかない現実があります。
現場での課題:特定薬剤管理指導加算3(ロ)の矛盾
薬不足の影響は、選定療養制度や特定薬剤管理指導加算3(ロ)の運用において、医療現場に新たな矛盾と負担をもたらしています。
特定薬剤管理指導加算3(ロ)とは?
この加算は、以下の2つのケースで患者への説明を義務付けています:
- 後発医薬品が存在する先発医薬品を選択する患者への説明
一般名処方または銘柄名処方された医薬品について、選定療養の対象となる先発医薬品を希望する患者に対し、後発医薬品の存在や選定に伴う追加費用について説明する。 - 供給不安定により銘柄変更が必要な場合の説明
医薬品の供給状況が安定していないため、前回調剤された銘柄が確保できず、別の銘柄に変更して調剤する必要が生じた場合、変更理由を患者に説明する。
現場で生じる矛盾
特定薬剤管理指導加算3(ロ)に基づく運用は、現場の状況とかけ離れているため、以下の矛盾が生じています:
- 供給不足と説明義務のミスマッチ
医薬品の供給状況が不安定で、銘柄変更が頻発する中、変更のたびに説明を行う必要があります。しかし、供給不足が慢性化している現状では、説明が単なる形式的な手続きとなるケースが多く、実効性に欠けています。 - 後発医薬品の供給不安定との矛盾
後発医薬品を推奨する一方で、ジェネリック自体が供給不足に陥り、変更しようにも在庫がなく対応できない現状があります。供給の不安定さが患者対応の妨げとなっています。 - 調剤業務の非効率化
銘柄変更が必要なたびに説明を行う手間が増え、調剤薬局の業務効率が低下しています。また、在庫不足が常態化している状況では、患者対応に時間を割きすぎることで、他の業務への影響も大きくなっています。
現場の声
- 「供給不足が前提の状況で、銘柄を変更するたびに説明を求められるのは非現実的です。説明に時間を取られる一方で、在庫確保や他の患者対応が遅れがちです。」
- 「後発医薬品の推奨が義務付けられていますが、実際にはその在庫すら安定していないことが多く、現場の混乱を招いています。」
- 「患者に同じ薬を渡せないたびに説明をしなければならない制度では、薬不足の本質的な問題を解決できません。」
一部先発医薬品の価格逆転現象
特定の薬剤において、先発医薬品の方がジェネリックよりも価格が安いケースも存在します。
こうした薬剤は選定療養制度の対象外であるため、制度運用上の矛盾ではありませんが、現場では次のような声が聞かれます。
「ジェネリックを勧める理由がない。」
解決に向けた提案:未来に向けた供給体制の強化
この状況を改善するためには、以下のような包括的なアプローチが必要です。
- 1. 国内製造体制の強化
輸入依存を減らし、国内での製造能力を強化することで、供給不安定を軽減します。 - 2. 情報共有システムの構築
医師、薬剤師、患者間で供給状況を迅速に共有できるシステムを導入することで、診療効率を向上させます。 - 3. 薬価制度の見直し
薬価を適正化し、製薬会社が利益を確保できる環境を整えることが、持続可能な供給の実現につながります。
まとめ:医療現場の安心を取り戻すために
薬不足は患者や医療従事者に大きな負担を強いており、早急な解決が必要です。
現場の声と統計データを見れば、この問題が一時的なものではなく、医療体制全体の課題であることが明らかです。
医薬品供給の安定を実現するには、業界全体の協力が必要不可欠です。
患者様が安心して治療を受けられる未来を築くため、政策の見直しと体制の強化を進めていくべきです。